何のために、国語を学ぶのか。

“国語" を上げて 上位校合格を目指す塾

夢盟塾福井校 塾長の原谷です。

 

 

今日は、

「何のために国語を学ぶのか」

というおもーいテーマに、

かるーくお答えします。

 

 

今の私なりに思う、「国語を学ぶ目的」

それは、

 

「理解しあえる相手を増やすため」

 

だと思っています。

単純な話。

 

他国の言語を学べば学ぶほど、コミュニケーションが取れるお相手が増えますよね?

だから、英語、第3か国語と、使える言語を増やしていくわけです。

 

では、それぞれの言語の中にも、レベルがあると考えるならば。

その言語をどれくらい使えるかによって、意思疎通を図れる相手の数が、変わってきませんかね?

 

日本人が海外旅行に行き(今は行けませんね…)、しどろもどろの現地語で話しているとき。

まともに意思疎通が取れる相手は、どれだけいるでしょうか。

きっと、多くはないですよね。

 

数日間の海外滞在ならば、それは死活問題ではありません。

が、これが、今現在住んでいる日本ならばどうでしょう。

毎日の生活が、とんでもなく不便になるはず。

 

誤解を招いたかもしれませんが、"日本語が使えないから不便だ"、と言いたいわけではありません。

 

新聞を読んでも、ニュースを聞いても、世の中で何が起こっているのか、わからない。

おもしろいと評判の本を読んでも、そのおもしろさがちっともわからない。

人と話をしても、いいたいことが分からない、自分の言いたいことが伝わらない。

 

これらはすべて、"日本語がわからない"から起こる不便ではなく。

国語ができないから“起こる不便なのです。

人や世間が言いたいことがわからない" “伝えられない"から不便なのです。

それがつまり、“国語の力の差"です。

 

小学1年生なら、小学1年生なりの、国語の力を。

中学3年生なら、中学3年生なりの、国語の力を。

社会人なら、社会人なりの国語の力を。

年相応の力が身についていなければ、それ以下か、同じくらいの力の人たちとしか、意思疎通ができません。

 

逆に、年齢に関係なく、国語の力をどんどん身に着けていけば。

同年代だけでなく、上の世代の人の中で渡り合える、強い人間に成長できるのです。

 

 

そう思うと、ね。

国語に一生懸命になることって、人と繋がろうとすることだから。

とても素敵なことだ、って、思えませんか?